いなべFM第117回令和7年12月12日放送「在宅医療」について

ページ番号1015311  更新日 令和8年2月3日

印刷 大きな文字で印刷

いなべFM第117回令和7年12月12日放送「在宅医療」

写真

115~118回の全4回は、在宅診療クリニックの「しんじょう医院」院長の新城拓也さんにお話いただきます。今回は「在宅医療」についてのお話です。

 

 

自宅での生活を見据えた在宅医療

写真

員弁厚生病院で働いていた2000年頃、介護保険制度が始まりました。私は緩和ケアへの興味とともに、在宅医療にも目覚めました。員弁厚生病院では訪問看護ステーションが開設され、在宅医療を始めることに対する気持ちが高まり、やる気がみなぎっていました。

病院の外来に来られない患者さんの自宅に、看護師の運転で向かいました。自宅に行くことで、今まで診療室では見えなかったものがたくさん見えるようになりました。少しずつ少しずつ、いろいろな地域に行くようになり、私にとっては、病院の外に出て、気晴らしになる機会でした。しかし、実際にいろんな地域を回ってみると、患者さんと家族を取り巻く環境は、在宅医療を行う適切なベッドがない、必要な用具も不足しているという家庭もあり、その生活は皆豊かだとは言えませんでした。

今はいろいろな用具を介護保険で借りられるようになりましたが、当時はまだ、ベッドも借りることができませんでした。病院に来られない患者さんには、寝たきりや車椅子に乗れない、車椅子に乗れたとしても家から病院までの移動手段がない方が多く、夏場はエアコンがついてない部屋で過ごしている状況も多く見られました。このような患者さんの在宅生活の状況がわかるようになると、診療室で薬を出し、注射をして帰しても、患者さんの状態を何も変えられないんだなということもわかってきました。

日本は、在宅医療に関して、まだ家族が多くの負担を担う状況です。これは、医療費を抑制するためにやむを得ないこともあり、家族の看病や介護の負担が、まだまだ大きい仕組みになっています。医師や看護師が訪問に来たとしても、1日のうちのわずか1時間くらいで、その時間にできることは限られていています。家族も看病や介護ケアの知識を得ながら、患者さんの療養を一緒に支えていくということが、介護保険制度が始まってから今までの、日本的な在宅医療のやり方です。良いところも悪いところもありますが、患者さんや家族と信頼関係を結びながら、病院の中ではできなかった支援を一緒にやるという試みは、当時の医師や看護師をとてもやる気にさせました。 私も緩和ケアだけでなく、病院での内科診療を、自宅に訪問して続けていくことができるのだと思いました。

このとき、「がんの人を家で看取る」ということを、看護師たちと一緒に行ったことをよく思い出します。始めは往診し、状態が悪くなったら、入院して最後は病院、というのが普通だったころに、最後まで家にいたいと患者さんが望んだとき、本当にできるのかと不安を感じながらも、病院と同じような医療や治療を、在宅で行うことが何とかできるようになりました。生きるも死ぬも在宅医療できちんとできるということを、経験を通じて初めて知ることができました。それは、自分の生き方や、仕事の仕方を変えていくことになりました。今、いなべ市でも、在宅医療を受けるという選択肢が広がったのは、当時の新しく挑戦するワクワクした感じや、医師や看護師、患者さんや家族などみんなの努力があったからと、今でも懐かしく思い出されます。

 

まとめ

次回も引き続き、「しんじょう医院」院長の新城拓也さんより、この番組のタイトルでもある「みんなで支える幸齢社会」をテーマにお話いただきます。

 

*インタビューの内容は趣旨を変えない程度に編集しています

このページに関するお問い合わせ

福祉部 長寿福祉課 [いなべ市役所]
電話:0594-86-7819 ファクス:0594-86-7865
〒511-0498 三重県いなべ市北勢町阿下喜31番地